代表者挨拶

大阪大学サイバーメディアセンター副センター長
下條真司
 科学はIT(情報通信技術)を基盤として大きく変わる可能性があります。ゲノム情報科学や金融工学に見られるように従来科学にITを適応することによって、科学を驚異的に進展させることができます。ことに米国のバイオサイエンス分野においては、コンピュータ技術の積極的な活用、産官学の連携強化によるネットワーク化の推進、開発された技術を基盤とするベンチャービジネスの創業などの相乗効果により、国際競争力の優位性を築きあげてきました。
 一方、わが国では、関係機関のネットワーク化、大学等高等研究機関における研究成果の利用促進、ならびに研究成果を利用したベンチャービジネスの創業といった分野において、すでに欧米から大きく遅れを取っています。たとえば、現在、バイオインフォマティクスという言葉に代表される生物情報分野の重要性が叫ばれていますが、バイオサイエンス分野への情報関係の技術者の参入が圧倒的に少ないことが大きな問題となっています。これは、講座や研究室の壁で細分化された日本の研究機関の体質が、異分野間の技術者や技術知識の交流を阻んできた負の結果であります。バイオサイエンスとコンピュータサイエンスの交流によって技術面、産業面に大きな波及効果が期待できるといった研究組織体制が、わが国では未だ実現していません。このよう
な研究組織体制の問題は、単に今後のポストゲノム時代と言われるバイオ関係分野だけではなく、広くあらゆる分野の科学技術開発において、わが国の弱点となっていることは自明であります。
 本プロジェクトでは、大阪大学およびその周辺の関連研究機関が世界的にリードしている医学、生物分野に特化したIT応用研究を推進するため、高度な計算機資源とネットワーク資源が集約されているサイバーメディアセンターを核として、ITの当該分野における応用技術の集約を行います。また、それと平行して、広く国立研究機関や民間企業・研究機関等との共同研究を通じ、競争の激しい当該分野においてスピードの速い技術開発を行うとともに、開発された応用技術のビジネス化を含めた展開を行っていくような新しい研究開発システムを構築します。

 近年、多様に異なるアーキテクチャを持つ計算機(ベクトルコンピュータ、スカラー並列コンピュータ等)をネットワークで接続して使用する広域分散並列処理、いわゆるグリッドが提唱されています。しかし、電子顕微鏡などの科学機器を含めて考えると、グリッドは単なる異機種並列分散処理ではなく、観測に基づくデータの収集、解析・処理、そして分析という科学の工程を分散した装置や計算機を高速のネットワークで接続することで効率的に行うという科学の方法論そのものの再構築であります。
本プロジェクトでは、このような科学の新しい方法論を支援するIT技術として、以下のテーマを設定します。
(1) データの収集・処理・分析の各種技術を統合システムとして安定に稼動させるグリッド基盤技術
(2)遠隔実験装置との接続による、観測データのオンライン解析技術
(3)高速シミュレーションをグリッド上で分散処理するコンピューティンググリッド技術
(4)多種類のデータベース検索をグリッド上で統合的に行うデータグリッド技術
(5)技術を統合し、活用するための実証技術とビジネス化

 本プロジェクトでは、バイオインフォマティクス分野をモデルとしてグリッドコンピューティングに必要な基盤技術開発を行います。バイオインフォマティクスを適用事例として選択した理由は、1)当該分野のコンピュータ利用技術は、データベース検索、分子シミュレーション、画像解析など様々な要素技術から成っており、グリッド上での複合処理として充分複雑且つ多岐に渡っている、2)当該分野はバイオテクノロジーのDRY系技術としてバイオ関連企業から注目されており、開発されたソフトウェアはインターネット上で行うASPビジネスの中核技術として、製薬業界を始めとする関連産業界から期待されているからであります。
 また、バイオインフォマティクス関連プログラムの開発については、1)データベース検索からシミュレーションまで計算手順に沿って縦貫する“データストリーム”を明確化し、そのデータ仕様を定義・公開する。例えば、タンパク質の3次元構造データは統一された仕様で全てのアプリケーションプログラムが入出力を行う、2)計算機能の単位を細分化し、それぞれをモジュール化した上で、これらのプログラムユニットのオープンソース化を基本にライブラリ化することを基本設計方針として進めていきます。これにより、新しい計算機能の付加や既存計算ユニットの高速化による更新などが容易に行えるため、プログラム全体の自立的な発展を促進することができます。また、定義されたデータ仕様は、バイオインフォマティクス研究分野における国際標準として広範に利用できるものであり、本プロジェクトからの情報発信を行っていきます。
 さらに、開発したペタグリッド技術も国際標準として広範に利用できるものにするために、グリッド技術の標準化を進めるGGF (Global Grid Forum)への積極的な提案を行い、また、同時に開発されたペタグリッド技術を成功するASPビジネスのモデルとしてのグリッドコンピューティングとして、ベンチャービジネスを目指す実業家へ示すことでグリッドにおけるビジネス展開を飛躍的に推し進めることを考えています。

 最終的には、本プロジェクトにより、高速ネットワークで武装した一大バイオインフォマティクス研究開発拠点が関西圏に形成されることになり、その結果、バイオ・医療分野で高度な技術的ポテンシャルをもつ研究者らの連携が強化され、わが国のバイオ研究・産業は飛躍的に成長することが容易に想像されます。本プロジェクトは、そのような産業界への貢献をするために、成果の積極的なビジネス化を行います。われわれは、本プロジェクトで実現化されるDRY系技術が生み出す科学情報が創薬や医療などの産業分野において付加価値を持つか否かが、将来のASPビジネスの成否を決める、と考えており、生み出される科学情報が付加価値を持つことを示すためには、何よりも有効性の実証が不可欠であります。そのようなビジネス戦略を展開し、本プロジェクトに参加する関西地区の製薬企業との共同研究を通じ、データグリッドとコンピューティンググリッドが生産する科学情報の信頼性と有効性を実証します。この共同研究を両グリッド技術の開発初期段階から進めることが肝要で、WET系とDRY系研究者との連繋を強化することで、バイオグリッド技術開発のよい循環を構築することができます。また、実験研究者による研究成果の公表など、バイオグリッドへの求心力を高める情報発信も、ASPビジネス成功への重要な要素になります。
 このように、本プロジェクトは、バイオグリッド技術の開発、および生み出される新技術の産業界へのフィードバックにより推進され、その結果生まれる多くの技術が、バイオ関連産業だけでなく新たな産業の導出につながり、日本経済の復興に大きく貢献できるとわれわれは考えています。


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